残されたもの
クリュニー修道院に残るもの
クリュニーの大修道院教会は、革命後に石一つ一つが切り出されて持ち去られました。ここに残るのは、その後に立ち続けたものです。
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第三修道院教会はクリュニーIIIと呼ばれ、1088年にシュミュールのユーグ修道院長のもとで着工されました。ローマのサン・ピエトロ大聖堂が再建されるまで、世界最大の教会でした。
1790年から1810年:略奪、売却、切り出し
修道院は1790年の革命時に略奪され、蔵書と古文書は1793年に焼かれ、修道院教会自体も売り払われ、その後何年もかけて建築石材として取り壊されました。1810年までに修道院はほぼ解体されていました。
教会の姿の10分の1
クリュニー三世の床面積のおよそ10分の1が今日まで残っています。南翼廊と、その上にそびえる八角形の聖水鐘楼、そして西正面の2つの塔の下部です。翼廊のそばに立ち、そこから広がる開けた土地を眺めることが、かつてそこから続いていたものの規模を最も実感できる方法です。
生き残った穀物倉
13世紀に修道士たちの食料と小麦粉を蓄えたファリニエは、栗材の屋根組みの下に今も立っています。そこには失われた教会の聖歌隊から移された彫刻柱頭が収められており、かつてクリュニー三世を満たしていた彫刻の貴重な生き残りです。